Wikipedia の記事を外国語読解練習用に印刷するためのカスタム CSS

Wikipedia には pdf を出力する機能があるし、そうでなくても大抵のブラウザで 右クリック → 印刷 → 出力先を pdf に設定 とすることで pdf に落とせる。だけれど紙に印刷して赤ペンとかでゴリゴリ書き込んだりしたいからわりと行間が空いていてほしいし、本文以外にいろいろと余計なものがあって邪魔だったりすることがある。

そこで、紙に印刷して書き込みまくって読解をやっていくのに最適な印刷ページを吐くためのカスタム CSS を書いた。Stylus などに入れておいて、印刷時に有効化し、ブラウザの右クリック印刷機能で印刷する。

/* 余計な情報を削って余白をいい感じに調整する */
#mw-page-base,
#mw-head-base,
#mw-head,
#mw-panel,
.navbox,
.plainlinks,
.noprint,
#catlinks,
#footer
{
display: none !important;
}
#content.mw-body
{
margin: 2rem !important;
}
/* 基準の文字サイズを設定する */
html
{
font-size: 16px !important;
}
/* 相対的な文字サイズ・行間幅を設定する */
p
{
font-size: 1rem !important;
line-height: 3rem !important;
}
h1
{
font-size: 2rem !important;
line-height: 2rem !important;
}
h2
{
font-size: 1.5rem !important;
line-height: 1.5rem !important;
}
h3
{
font-size: 1.2rem !important;
line-height: 1.2rem !important;
}
/* リンクを示す色付けとかはいらないので消す */
a:link
{
color: #000000 !important;
text-decoration: none !important;
border-bottom: 0px !important;
}

ロシア語のように屈折しまくる言語や中国語のように文字に音の情報が含まれない言語なんかは、慣れるまでは至るところ書き込みたいので、文字サイズや行間の余白を大きくしたいところ。中国語なんかは文字サイズを 24px くらいにしたほうがいいかもね。あるいは印刷設定でスケールを弄ってもいい。

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Print Wikipedia を思い出したんだけどあれ英語版だけらしい。

外国語へ分け入る

外国語にいくらか触れるなか、一つの言語という山に分け入っていくにあたって一定の流れみたいなものが曖昧にだが形成されてきている気がするので、ここで一つ書き落としておく。

0. 興味が沸き起こる

ウェブ上でも本でもなんでもいい、読み物(≠学習教材)を読んだりして、その言語に関わる漠然としたイメージがあったり面白い話を知っていたりする。白水社のしくみシリーズ、Wikipediaの記事、言語学者や翻訳者によるエッセイ本やブログ・SNSの記事とか。

それで、使いこなせると便利そうだなとか、なんだか見たことない面白そうな仕組みがあるらしいなとか、非実在のキャラクターが書いたり喋ったりしているところを想像すると妙に興奮するとか、何らかの興味が沸いてくる。

これは言語を学ぶフェーズのうちには含まなくて、それ以前に自然にやっているやつ。より詳しく知りたくなると次のフェーズ 1. に入る感じ。

1. 仕組みや感覚を大まかに知る

適当な教科書を適当に一つ購入し、適当に書きまねたり喋りまねたりしながら最初から最後までざっくり読む。

このフェーズでは終始ゆっくりみっちりやってはいけないことに注意を配っている。完璧にしようとするとしんどくなって嫌な気分でやめてしまう。読後にその言語の基本的なしくみが一つ一つざっくり頭に残り、それぞれの詳細で具体的なことはあとで教科書をすぐ参照できればいい。人によるかもしれないけど、ここの調整がわりと難しくてついみっちりやってしまいやがて嫌になってしまいがち。嫌な気持ちになるよりかはすっぱり放り投げる方が全然いいと思うので、1日坊主も全然オッケー!くらいの気持ちで行きたい。教科書を捨てずに取っておいて3年後に再開したって何の問題もない。

教科書はだいたい前から後ろに向けてクリティカルさが薄れていくように書かれている気がするので、それに応じると読み進めるほど読み方が雑になっていくはずだし、それでいいと思っている。最初の文字と発音は80%くらいみっちり読んでいくけどページを進めるにつれてこのラインを下げていって最後の敬体とか接続法とかは10%くらいで流し読む、みたいな感じ。朝鮮語やアラビア語、あるいはロシア語のようにあまり馴染みのない文字を用いている言語なんかは、教科書の最初にある文字と発音をやるだけで、今までただの記号列でしかなかった文章から音が聞こえてくるようになるので、それだけでもうかなりの幸せを取得することができる。

教科書はメジャーな言語ほど選択肢がたくさんあってガチ度にけっこう幅があり、自分の直感でこれいい!ってやつを選ぶのがいいと思う。したがってデカい書店の語学棚に行き、いくつかの教科書をパラパラめくってお気に入りを適当に一つ買う。どうせガチ寄りなのを購入しても前述の通り自分の情報入力弁を調整することでいくらでも雑に読める。

ちなみに白水社の「語学の基本図書」というやつは講談社現代新書に似た面構えのシンプルさからしてもガチ度高めの印象がある。いずれ腰を据えてやるぜと決めてかかるのであればおすすめのシリーズ。

2. 頭の中にデータベースを構築して育てていく

例文を読みまくる/ラジオを聞きまくる。

ゲームでいうところのレベリング。ひたすら量と多様さを得ていく。終了条件が特に無いという絶望感はあるものの、じゃあ速度感を維持しないとデータベースが劣化するかというとそんなことも無いと思っているので、のんびりやっていけばいいと思う。

考えることがめんどくさくなって単語帳を買ってしまいがちだけれど単語帳は文脈が細切れになりがちで長期的に見て効率が悪いし何より「お話」が無いので極めて退屈でしんどくて、私はあんまり好きじゃない。はじめから辞書を右に、文法参考書を左に置いて文章に当たり、その中で単語なり文法なりを脳みそに繰り返し地道にちょっとずつじわじわと染み込ませていくのが結局のところ効率的かつ楽しいと思う。あるいは文脈に単語をぶら下げて覚える本を使う。

同時に同じ文章を書き写したり(写経)、同じ音声をシャドーイングする(読経)。物理的には出力だけれど、イメージから文章や音声を組み上げるという本質的な出力はしていないので、これは入力フェーズの作業の一部とみなす。

3. 考えること/感じることを書き出す

メモやブログ、SNSとかで使ってみるとか。

このへんはよくわからない、というか研究的なことがしたい人でもなければ言語は出力するところに主な楽しみがある気がするので、ここでは基本各々がその言語でやりたいことを好きにやればそれで十分なんじゃないか。

例文データベースのでかさと多様さに比例して出力は良くなると思われるけど別に例文データベースを使うぜ!という意識を持つ必要もないと思う。

所感

番号を振ってみたけど、別にこの順番で進めるべきということではないし、実際もしていない。前後したり並行したりというのは往々にしてある。あとで振り返ると実行順序に軽~い相関があるかなというくらいのことです。

あと「1. 仕組みや感覚を大まかに知る」というところで「このフェーズでは終始ゆっくりみっちりやってはいけない」と書いたけど、特にこのフェーズだけということではなくてずっとそのようである気がしてきた。「2. 頭の中にデータベースを構築して育てていく」でも書いたけど、永遠に終わらないし終わりがない以上相対的な進捗というのがわからなくてつらい、しかしその代わりに進んでも戻ることはないと信じているので、やはりのんびりやっていくというのがいいだろう。

語学関連の記事でよく取り上げられる継続するコツとして目標を立てるというのを割と見る気がするけど、これも場合によると思ってる。私の場合は必要に駆られてやっているわけではなく完全に趣味なので、そういう場合に目標を立てるのはかえってよくない気がして、したがって私は明確な目標を設定していない。ただ非実在のキャラクターが外国語を使っているところを見ると楽しいとか多様な仕組みを調べると楽しいとかみたいなゆるい動機があって、そういう燃料さえ常にちょろちょろと流れ出ていればそれが興味のトロ火を灯し続けると思うし、外国語に限らず継続のコツってわりとそういうところがあるんじゃないかな。

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登れば上に行ける。

アラビア語と朝鮮語をチラリと覗いてみたらかなりよかった

第二外国語として中国語を取ってから外国語に興味を持ちはじめ、それからフランス語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語なんかに触れてきたけど、ヨーロッパのあたりはだいたい雰囲気をつかめた気がしたので、ここでひと飛びしてアラビア語朝鮮語を覗いてみることにした。

何か確固たる理由があって必然的に選んだわけではないけど、かといってランダムに選んだわけでもなく、いくつかの条件によってゆるゆると導かれたものである。その条件ってなんだっていうと、次に示す。

  • 世界中の言語の中ではメジャーっぽいこと
  • 自分にとって目新しい要素が多いこと
  • 一般的な日本人にとって初見で全く理解できないこと

なぜこのような条件を持っているのか自分でもよくわからないけど、わからなくても特に支障はないので気にしていない。

アラビア語の雑感

ニューエクスプレス アラビア語」をざっくり斜め読みしたあと、文字と発音を一通り理解したくらいの時点。

最初は表記についてかなり戸惑っていたけど、すぐに慣れてしまった。書くのが楽しいまである。ちなみに私は右利きだけど、せっかくなのでアラビア語を書く時だけ左にしている。

母音の区別が少なくて代わりに子音が多めっぽい。母音は多様であるほどしんどい気がするので、アラビア語は話すのが楽なんじゃないかと期待している(後述の朝鮮語は母音の分類がかなり多いし、中国語は声調があってやはり母音の負担が大きいからか、学習するのにも体力をけっこう消耗する気がする)。ちなみに、ほかに省力的な気がするのはフランス語。

あと日本人に限定するとマイナー言語かってくらい馴染みがないのは間違いなくて、宗教色が濃かったり触れるときに限ってアレなニュースばっかりとかで、無関心どころか抵抗感、もしかすると嫌悪感あるっていう日本人もいるんじゃないだろうか。そういう特殊な背景があることで、話者がドチャクソ多いドメジャー言語なのにマイナー言語をやってるようなわくわく感が得られるというのもある。こういうのは貴重だ。

書いたり喋ったりするのが楽しいというのはとてもいい。続けてみる。

朝鮮語の雑感

朝鮮語の入門」をざっくり斜め読みして、文字と発音のごく基礎(発音の変化はやってない)を理解したくらいの時点。

ハングルは、ヨーロッパは大航海時代、日本は戦国時代とかやってるくらいの時期に「文字を作ろうぜ!」っていう明確な意思をもって作られたらしく、どっちかというと人工的だと思う。キリル文字とかもそんなんらしいけどあれはギリシャ文字をパクってるのであの形自体はほぼ自然な流れでできてると思う。で実際ハングルに触れてみると確かに整然と作られている感じがするんだけど、かえってなかなか頭に入ってこないような感じがある。この点はアラビア文字と対極にあると思う。じゃあハングルを用いると思考の妨げになるんですかというと、別にそんなことはなくていずれ慣れると思います。

文字は整然とシンプルに作られているけど、言葉を綴るルールはけっこう複雑らしく、単にいろんな違いを細かく書き分けられるようにした結果のハングル、という気がする。ということは、今後100年、200年と時が進むにつれてごつごつとした岩のように、自然言語らしくなっていくのかもしれないね。そう思うとちょっとわくわくする。

ことばの使い方はなんだか日本語母語話者としてすごく親近感を感じる。義務教育で日本語の文法をやってたときの感触が蘇ってきた。ヨーロッパの言語とは違って、日本語の気分をそのままダイレクトに翻訳できそう。

面白そうだし、駅やインターネットでハングルを見かけるたびに読めるようになってみたいなと思うので、続けてみる。

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知らなければ皆目見当つかないが、それがいい。

ペン先の材料そのものにインクを染み込ませるタイプのペン

ペン先の材料そのものにインクを染み込ませるタイプのペンについて話をする。

ペン先の材料そのものにインクを染み込ませるタイプのペンってどういうものだ

「フェルトペン」「サインペン」「マジック」「マーカー」「ライナー」「ミリペン」「ドローイングペン」

これらはペン先の材料そのものにインクを染み込ませるという方式において共通しており、実質同じである。めんどいので英語圏を雑に参考にして比較的太いものを「マーカー」細いものを「ドローイングペン」と呼ぶことにする。

マーカー及びドローイングペンは、インクの性質で油性/水性、染料/顔料がある。

水性は水だろうが、油性はアルコールのことだと思われる。これらの重要な違いは支持体(書く対象のこと、たいていは紙)に対するふるまいである。普通の支持体である紙についていうと、水性は滲みにくい代わりに、乾きにくくて重ね書きしていると紙がほぐれて傷んでしまう。油性は逆で、乾きやすく重ね書きしても紙はサラサラのままだが、どうあがいても滲む。紙以外については、金属などのつるつるした面に対して水性は弾いてしまうが油性は難なく書ける。これらのことは全部水とアルコールの粘性の違いに起因しているんじゃないかと思われる。

染料/顔料は書いて乾いたあとに、自身の溶剤に対して再び溶けるかどうかが違う気がする。染料は溶けやすいが、顔料はかなり溶けにくい。したがって顔料インクは、水性のくせに書いたら耐水性になるとかいう器用なことができる。このことがあって、水彩色鉛筆みたいに書いたあとで溶かすよ的な使い方でもしない限り染料インクのメリットはないんじゃないかと思うが、染料は顔料に比べて安い感じがする。

以上の特徴を踏まえると、漫画やイラストの製作において墨汁やピグマが線画に用いられ、マッキーやマジックインキなどでベタ塗り及びコピックで色塗りが行われることの納得がいく。

マーカー

お気に入りのマーカー

私のニーズに合致した者を紹介する。よろしくお願いします。

紙用マッキー極細

ゼブラの水性顔料インク。

線画といえばサクラクレパスのピグマに代表されるドローイングペンだが、私はあまり細みを目指してもキリがないと考えているため敢えて純粋なドローイングペンを避け、そこそこ細いの(極細)と中くらいの(細)が一本に収まっていてこれ一本で便利!なゼブラの紙用マッキーを推す。実質、極細は太めのドローイングペンであり、太めのドローイングペンと細めのマーカーが一本にまとまっているといえる。価格は安くデザインもクセがなくてゴリゴリ使える。バランスのいい一品

マジックインキ No. 500, 700

寺西化学工業の油性染料インク。

油性マーカーといえばゼブラのマッキーと寺西化学工業のマジックの2強である。利便性はマッキーの方が高いが、誤差レベルだし何よりマジックシリーズはデザインがかなり好きなため、マジックを推す。基本的にデザインの良い文房具は高級であるという相関があるように思うが、マジックのデザインの良さはまた別ベクトルであり、全然高級ではない。持っているだけでワクワクしてしまう安価な文具というのはなかなか狙ってすぐできることじゃないと思うので、寺西化学工業においては末永く変えずにいてほしい。

いまいち使い所がなかったマーカー

私のニーズに合致しなかった者も紹介する。良いものだとは思うし、店頭には並んでいるのでどこかで必要とされているはず。

マッキーケア超極細

使う支持体がほぼ紙なので、油性マーカーについては細みを目指すメリットがなかった。

ラッションペン No. 300

水性染料ということであり、積極的に滲ませや混色をしないので機能的に嬉しい点はない。ただかなり安いため湯水のように使える。
とはいってもゴリゴリ書きまくるのはそもそもボールペンの方が適役と感じるので、結局のところラッションペンの活躍できる場所があまりなかった。
マジックシリーズの一つなので、デザインは相変わらず好き。安いくせに観賞用。

その他のマーカー

他は試してない。あと有名どころはサクラクレパスの「マイネーム」と三菱鉛筆の「ピース」くらいか。

マイネームは学童用といった趣があり、それはそれで特定の良さがあると思います。興味があるので今度買ってみる。

ピースは……ちょっと字面がね……実に三菱鉛筆らしいと思います……。

ドローイングペン

ドローイングペン(水性顔料)は使わないことにしているけど一通り試したので紹介する。

機能については正直どれも大差なし。

太さの種類が豊富なのはサクラクレパスのピグマと STAEDTLER の pigment liner。STAEDTLER の方が若干高めな価格設定なので、私にはわからなかった違いが同様にわからないのであればやはりピグマが安定と思われる。

一番安いのは三菱鉛筆の uni PIN だが、0.1, 0.2, 0.3 の三種類しか出していないしそもそもかなりマイナーらしく普通は店頭に並んでいない可能性がある(なぜか私の行きつけには置いてあった)。しかしクオリティはまったく不足がなく、それでいてピグマの半額にもなるなら最もコスパがいいと考えられる。三菱鉛筆の考えていることがわからない。どうも海外向けは違うらしいが。

PILOT のドローイングペンはコメントに困る。uni PIN ほど種類が少なくはないけど最太でも 0.8 という微妙な上限。価格帯も uni PIN とピグマの間ぐらい。デザインは素材が安っぽいという人もいるかもしれないが私はこういうの嫌いじゃない。

結論として、安定はサクラクレパスのピグマそんな種類いらないからとにかく安いのをというなら三菱鉛筆の uni PIN がいいと思われる。それが店頭になかったら次点で PILOT のドローイングペン。STAEDTLER は好みでどうぞ。何しろ世界のドイツ製なので、それだけでも持つ価値を感じる人なら持つ価値があるだろう。

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マジックインキ No. 500 を抱えるはじめちゃん。

万物は流転するし、準備も例外ではない

連休はなるべく外に出ようという謎の強迫観念があるため、数ヶ月前から漠然とどこに行こうかと考える。GW(ゲートウェイではない)も例外ではなくて、大阪・京都から新宮と名古屋およびそれらの道のりについてあれこれ考えたり図を書いたりなどしていた。ちょっと違う。脅迫観念とかそんな話ではなくて、単に準備はしているに越したことはないという考えに基づいていると思われる。この考えは一見メリットしかないように見えるが、実際は準備にもコストというのがあり、じゃあバカじゃんということになる。しかしながらその準備に対する実行がなされなかったときに全部パーになるかというとそんなことはなく、また日を改めることができたり、あるいは分解して別の準備の栄養とすることもできる。したがってメリットとかデメリットとか実はよくわからないし、それを正確に推定できるというのは事象の因果関係がわかるということなので、少なくとも一生のオーダーに収まる話ではなく、無視してよろしい。ところでそのような準備をしていたのだが、今回は1ヶ月を切っても全くやる気が出ないため、安定に引きこもることとする。またどこかで、準備。

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大阪から新宮まで、様々なルートがある。名古屋経由とか。